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函館ビリケン電車の記憶(昭和46年) [昔鉄スナップ]

前々回のペコちゃん電車の次なるは、ビリケン電車?』の登場です。
ビリケン.jpg通天閣のものが有名なビリケン~メリケン生まれの福の神なんだそうです~こんな顔の電車なんて、あったっけ?と思いますよね。
~答えはコレなんです。
函館600.jpg(1)
小熊米雄氏撮影の605『鉄道ピクトリアルNo.43』(1955年2月号)より

昭和29年に登場した函館市電600形
『どこがビリケンやねん!』と、通天閣界隈のおっちゃんに串かつ投げつけられて(?)叱られそうですがぁ~(hanamuraさん風)


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なぜか戴き画像=羽後交通廃止の年(昭和48年) [昔鉄スナップ]

スキャナーは復活したものの、人並みに年末モードで忙しく、今度はネガ探しの時間が無い。

~というわけで鉄仲間Uさまの戴き画像でご機嫌伺いです。

今は無き、と言うかはるか昔に消えた或る鉄道~(私はここには行かず終いでした。)羽後交通いただき01拡大R.jpg    一つ目小僧風の連結面にバッファーの痕跡孔、TR10よりも古めかしいイコライザー付き台車など、なんとも古典味溢れるこの客車はいったい何でしょうか?

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広電ギリギリ横丁(平成10年?) [昔鉄スナップ]

足尾のオカマに続くネガスキャン画像。15年ほど前に撮った広電です。  なぜか本格的に撮影したことが無く、仕事の出張の折、半日かけて撮影しました。   

(1)区画整理が行き届いた広い道路を走る事が多い広電にも、ギリギリ大好きCedarの好みの場所がありました。広電土橋02R.JPG

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OSカーってアメリカン? [昔鉄スナップ]

最近ショックな出来事、それはEPSONプリンターのネガスキャンが不調=というよりズバリ不能(!)になってしまったことでして・・・紙焼きやペーパースキャンは出来るのですが・・OSカー03.JPG(1)

仕方ないのでネタ探しに古い紙焼きを漁っていましたら、出てきたのが昭和48年撮影のこの写真。言わずと知れた有名車両ですね。Cedarもこのときが初対面でしたから、勇んで撮影しました(~の割には見事な露出オーバー)。

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天然色の夏、その5 (丸窓電車の仲間たち) [昔鉄スナップ]

いつまでも暑い暑いと言ってるうちに、8月ももうすぐ終わってしまいますね~お盆からお休みしていた「天然色の夏」も、季節遅れネタになってしまいそう。上田13R.JPG(1)             というわけで、あわててご覧戴く5回目は、前回に続く昭和60年上田交通の夏風景です。

丸窓電車のほかにも、当時の上田交通には前歴も雑多な電車たちが活躍していました。 

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納涼戴き画像(1968年小田急) [昔鉄スナップ]

盆休みも終わって、行く夏を惜しむ気分になってきました~暑くて死ぬ!とか、いい加減に涼しくならないか!とか散々言ってても、夏が行ってしまうのはやっぱり寂しい・・・と自分勝手に思う時節です。

そんな時に絶好のネタが冷蔵庫~ではなく戴き画像ファイルに眠っていました。小田急鵠沼海岸1968夏.JPG1)松や生垣の目立つ高級住宅地を走り抜けて行く窓全開の電車、どうやらブルーとイエロー時代の小田急のようです。さて、この場所はいったい何処ですか?(クイズではありませんので続きをどうぞ)

 

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天然色の夏、その1(名鉄揖斐谷汲線、昭和43年夏) [昔鉄スナップ]

いやはや毎日ほんとに暑いですね~、

しかし学生さん・生徒さんたちににとっては夏休み真っ盛りのこの季節。かく言う私とて、学生時代は暑さにめげず電車を求めて歩き回っていたものです。そんな頃の私の夏写真の中から、昭和の色彩と光を感じてもらおうと、カラー写真を集めてみました。

(1)まずは昭和43年8月名鉄揖斐・谷汲線です。大正生まれの古典車を改装した市内直通急行が走り始め、ファンの人気が急上昇した頃で、鮮やかな車体色が夏の日差しに輝いていたのが今も印象に残っています。s43黒野10RR.JPG

なにぶん古いネガなので変色・褪色・汚れが目立ちますが、暑さに免じて(?)ご容赦の程・・・~実はフィルムの色褪せより自分の記憶の方が心配なんです・・・(笑)

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昭和39年夏、或る休日 [昔鉄スナップ]

いやはや今週は暑かったですね!~そして今日も!

こんな日に、TVなどで「日本でいちばん暑い町」として話題になるのが、今から半世紀近く前、夏の或る日の画像に写っているこの電車の行き先です。

(1)秩父三峰口.JPG             この鉄道がどこかは、読者の皆様ならお分かりですよね?

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琴電昭和42年(その2・仏生山と今橋の電車たち) [昔鉄スナップ]

前回に続く昭和42年、親子3人旅でのことでん画像。タイトルの仏生山と今橋は車庫所在地です。

まずはこの1枚から~s42琴電04R.jpg(1)車庫・工場があった琴平線の要衝、仏生山です、板張りのホームや詰め所、本線と車庫線で架線のつり方が違ったり、なんともいい感じの構内ですね。 右側にチラッと見えているのは琴平線オリジナル車1000形です、更にその奥に停まっているのは総武鉄道(現東武野田線)から来た電車のようですね。

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琴電昭和42年(その1=京急木造車の面影) [昔鉄スナップ]

私が初めて四国の地を踏んだのは、昭和42年のことで。父と弟と3人で関西私鉄めぐりをしたときでした。京急ファン、古典台車ファンだった父は日程の中に「ことでん」詣でも組み込みました。

関東からは遠く離れた琴電と京急はなぜか縁が深いのです。同じ1435㎜軌間は関西にはたくさんあるのになんとも不思議です。

 大阪南港(例の英語教師殺人犯が捕まったところですね~関係ないか?)から高松まで一晩の汽船移動という今では考えられないルートでの四国入りでした。早朝に高松港に着き、近所の旅館で朝風呂+朝食(こういうサービスがあったのも時代ですね)のあとは、琴電の始発駅高松築港へ・・・

(1)S42琴電03R.jpgいきなり出迎えてくれたのが、当時の京急ファンには有名だったこの電車~大正生まれの木造車京浜デ41→クハ120を譲り受け車体更新した90形。同形の電動車は10形を名乗っていました。

 

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