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フルピク! [アート・本]

先週末も家から出るに出られず(わけは聞かないで~)上野毛潜伏のCedarです。
そんな日曜の午後、鉄ニャンがひっくり返した本の奥から『フルピク』発見!ライブなネタ仕込み出来ない時には絶好のご馳走です。エライぞ鉄ニャン!

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あ、フルピク=古い鉄道ピクトリアルのことでんがな(阪堺記事の後遺症です)。
~いちばん上にあったのは1960年の7月号=Cedarは小学校低学年のころです!
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(1〜3)

ピク誌は当時唯一の実物趣味誌(『鉄道ファン』は翌年1961年創刊)でした、学究肌な誌面の感じは今に繋がってますね。特集記事はあの有名な草軽電鉄~おりしも新軽井沢~上州三原間廃止の時期だったんですね。FURUPIKU01.jpg
FURUPIKU09.jpg(4・5)全線55Kmあったそうですが、しかしものすごい迂回ぶりですね。この線路をあの鉱山用機関車で走ったらそりゃ時間かかりますよね。上州三原〜草津温泉間だけで商売になるはずもなく、全線廃止はわずか2年後のことでした。

展望客車(=実は貨車改造のトロッコ列車みたいなもの)も持っていたのはさすが高原列車。
ま、この鉄道については、お詳しい方がゴマンといらっしゃると思うので、迂闊なことは書きません。
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Cedar は映画『カルメン故郷に帰る』でカラー映像を見たのが唯一の『くさかる体験』です。カルメン15.JPG
ブログに記事もupしています。

軽井沢つながり(?)で表紙にもなっているED42の紹介もあります。FURUPIKU10.jpg
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(7・8)こちらも粘着式の新線の工事が始まって、明治以来ののんびり気取った避暑地軽井沢に向かって『近代化』というモンスターが碓氷峠を上ってき始めたころ、なんですね。

なのに多額の費用を投じた碓井線そのものが新幹線開業で廃止、軽井沢から先は3セクとは、日本のビジョン無き交通政策の縮図のようなこのあたりの変遷ぶり・・・国鉄という親方日の丸だからこそ出来た無駄使いともいえます。

時代のトピックとしては、『つばめ』電車化のニュースも。在来線特急の最高峰として華々しくデビューしたものの、たった4年で新幹線に取って替わられたのですからなんとも儚い…こちらも近代化のスピードに諸行無常の感ありです。
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『つばめ』デビューと消え行く草軽=それも脱線事故の記事が対向ページってのもすごいです。同じ国の鉄道とは思えない落差が時代ですね〜このころ鉄やってたらさぞかし面白かったでしょうが、情報も記録手段も今とは桁違いに貧弱でしたから大変だったと思いますが…でもこの落差、格差はすごい。

(10)その他の見逃せない記事は、旧武蔵野や旧西武の電車も健在だった頃の西武鉄道車両紹介
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社形(ってのは私鉄なのに変ですね)も国鉄形も、そろってイエローとブラウン(っていうか黄色茶色、ってのがふさわしい)の田舎っぽいツートンで走ってた頃です。オッちゃんずChitetsuさん、どうでっか~?

裏表紙はその西武『電車』の広告でした。この当時のピク誌には電鉄会社の広告が多く見られるのも今では珍しい。
なんだかのどかな沿線レジャー施設(って言葉も死語ですが)に誘ってます。池袋スケートセンタープール(=通称マンモスプール)と、豊島園は城北ガキはお世話になりましたね。
『夏へのお誘い』ってキャッチもそそります。

FURUPIKU12.jpg(11)今やマンションや住宅に囲まれた石神井池がまるで田舎のように見えます〜ま、実際に田舎でしたけどね。

この頃は東武・西武といった蒸気鉄道あがりの会社が●●電車といいたがった時代なんです=田舎臭さに対するコンプレックスですか、はたまた関西の私鉄のまねですか?今の東京からは●●電車という呼称は消えましたねえ。

てなことで、鉄ニャンのお手柄(?)とも言うべき『フルピク』発掘のお知らせでした。FURUPIKU13.jpg
(12)なんか面白い記事が見つかったらまたUpしてみます~ライブネタが無いときはコレですね!

ではまた。


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のり

Cedar様に比べればまだまだ若輩者のわたしですが、鉄誌に心ときめかせたあの頃を懐かしく思い出します。

横軽の廃止には、未だに納得のいかない私です。新幹線開通の代償が在来幹線の分断…。私には疲弊してゆく地方の姿しか思い描けないのですが、お偉いさん方には見えないのでしょうね。新幹線が全てを解決してくれる夢の乗り物だと信じ切っているようですから…。
by のり (2015-05-26 06:54) 

オッちゃんずChitetsu

おぉ!ツートンの社型西武電車、良いですね〜。
としまえんも石神井池もガキ時分に随分とお世話になりました。
お化け屋敷が怖かったなあ〜。
by オッちゃんずChitetsu (2015-05-26 07:00) 

EF510-230

この頃のピクは充実して面白かったです。今は下手な書き手が目立つだけで、内容はあまりありません。他の雑誌も同様ですが。
by EF510-230 (2015-05-26 09:39) 

狂電関人

Cedarさま

おっと、電関人が生まれる約1年前のフルピクですなぁ。
そして、電関人がタイムマシンに乗って一番見に行きたい草軽の記事。
さらにさらに西武の旧性能たち。この中には蒲原で見た馴染みの顔も
ありますねぇ。
旧塗装のツートンはそのまま蒲原が踏襲してましたね!
ちょっと間が空いてますが、ぜひ暑気払いに行きましょうね。。。
by 狂電関人 (2015-05-26 10:52) 

モハメイドペーパー

 私が最初に買ったピクは99号です。私鉄車両めぐりの小田急に引かれて買いました。
 西武は準地元なんで、小中学校の遠足は武蔵関公園、ユネスコ村、正丸峠とお世話になっています。
 もっと古い号の広告では、501系(2代目)がユネスコ形電車と謳われています。
by モハメイドペーパー (2015-05-26 15:08) 

Cedar

◼︎のり様
当時の鉄道雑誌を見ていると、地方が元気だった時代が見えてきます。東京一極集中のための新幹線だけが鉄道じゃないですけど。そんな少数意見は雑誌にも載らない。
◼︎オッちゃんずChitetsu様
このころ、東長崎に絵を習いに行っていて西武電車には毎週乗ってたのに、電車の形や色の記憶全く無しです。電車やの癖に何故ですかね。狭苦しい東長崎の駅や商店街の電球の光の記憶があるだけです。
◼︎EF510-230様
やはり情報誌でなく趣味誌だったから充実感があったのですかね。映画雑誌から評論が消えたように、鉄道会社のニュースリリースのリライトばかりでは、やはり詰まらないですね。
◼︎狂電関人様
そうでしたね!蒲原の電車に始めて対面した時のデジャヴ感は西武の色の記憶だったのですね。
暑気払い〜もうそんな季節ですねぇ。
◼︎モハメイドペーパー様
こつの古ピクは、父が買い集めていたものの一部で実家にはまだあります。60年代は古いモノがバタバタ消えていく=近代化、合理化が加速する時期ですから、誌面も充実してます。
執筆者のスキル〜単なる鉄道ヲタでなく一般教養とか文章力とか〜も高かったですね。

by Cedar (2015-05-26 23:53) 

Tad

> 実は貨車改造のトロッコ列車みたいなもの

写真の「あさま」は客車改造ですね。今出てるTMSに草軽研究者でもある方の模型記事が出てますが,詳しくはこちらを。
http://blog.livedoor.jp/tetsudoseinen/archives/44291448.html

このピク,持ってました。ナローの記事が出てる古い雑誌なんかを漁ってた1970年代に神保町で買いました。文華堂だったかな…。
興味がメリケンものに移った段階で誰かにあげたか処分しちゃいましたけど,そんなこと思い出させてくれて,Thanks!
by Tad (2015-05-27 00:44) 

Cedar

◼︎Tad様
あひゃーまた間違えたぁ!
訂正ありがとうございます。
草軽の人気は根強いですね。
我が家のピクも父が文華堂で買ったものが多くあります。
今でもたまーにのぞきますが、同じくメリケンモノに興味移った今では買うものとて滅多にありません。

by Cedar (2015-05-27 04:28) 

Cedar

★ぷっぷく様
★ねじまき鳥様
★undo様
★arail206様
★モボ様
★nd502様
★さらまわし様
★AKI様
★yorokinoko様
★あるまーき様
★あおたけ様
★hanamura様
nice!ありがとうございます
by Cedar (2015-05-27 11:29) 

Cedar

★芝浦鉄親父様
★viviane様
nice!ありがとうございます
by Cedar (2015-05-27 14:00) 

かわうそ

Cedar様
 かわうその生まれる4年前のピクトリアル。すごいです。
実は、かわうそは定年時に退職金でもって子供とともにピクトリアルのバックナンバーをそろえようという野望を持っております。
ただ、ちょっと前に調べたところ1号から全部そろっていると値段が「要相談」だそうです。
 「要相談」って、築地の寿司屋の「時価」じゃあるまいし。運よく定年時に
出物があっても購入できるか判りませんね。
 あと、置く場所の確保の問題があり頭が痛いです。鉄道図書刊行会がバックナンバーをCD-ROMでだしてくれないかな。

by かわうそ (2015-05-27 20:46) 

Cedar

■かわうそ様
それはものすごい野望ですね。
皆様もおっしゃってるように、昔のピク誌は薄いながら内容充実、他誌よりも薄いから保存も楽です。(グラフィック的には物足りないという見方もあります)、日本の雑誌がCD-ROMやWEB閲覧が進まないのは業界の体質ですからなかなか難しいでしょうね。

★gardenwalker様
★やまびこ3様
nice!ありがとうございます


by Cedar (2015-05-27 22:49) 

伊豆之国

草津温泉・軽井沢の思い出は、以前に「カルメン~」の記事のときに書き込みましたが、改めて路線図を見ていると、新京成など序の口の、まさに恐るべき蛇行の連続。何でもトンネルを掘るのが大変なのでやりたくなかったという話とか(「草軽」にはトンネルは1箇所もなかったそうです)。これではいくら観光路線として売り出そうにも、自転車よりも鈍足とあっては、昭和の30年代まで残っていたのが奇跡のようにも思えてきそうです…。
軽井沢の駅前に保存されている機関車が、私にとって唯一間近に見た「草軽」体験だったのでした。私の如き中年親父には場違いな旧軽井沢の雑踏を見ると、その昔こんな電車が走っていたとはにわかに信じがたいことに見えたのでした。
軽井沢一帯は、今日は埼玉西武王国の感がありますが、草軽に肩入れした闘Qはどこに行ったのでしょうか?
by 伊豆之国 (2015-05-27 23:25) 

Cedar

◼︎伊豆之国様
今の軽井沢に草軽の頃を偲ぶよすがは皆無ですね。新幹線なんか出来ちゃうと単なる日帰り行楽地ですから。
映画『風たちぬ』(主人公が草軽ホテルに滞在してる!)に描かれた頃のスノッブさや、戦後すぐなのにゴルフクラブが営業していたという軽井沢の矜恃がちょっと好きです。
by Cedar (2015-05-28 10:28) 

Cedar

★シュウチャン様
nice!ありがとうございます
by Cedar (2015-06-09 23:55) 

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