SSブログ

小田急の地下化に寄せて、前後駅昔写真(昭和47年&38年) [昔鉄写真]

今週の土曜日(明日!)から、小田急の下北沢周辺が地下駅になりますね。先日の東急渋谷駅のような馬鹿騒ぎは困りますが、ファンの注目は集まりそうです。simokitaR.jpg(1)
ごちゃごちゃぎりぎり好きのCedarとしては、お気に入りの電車風景がまたひとつ消えます・・

ストレートな葬式ネタ嫌いのCedarがこの記事をUpしたきっかけは、東北沢と世田谷代田(=下北沢の前後の駅)の昔写真をUPされたChitetsuさんの記事です・・
http://tsurikakedensha.blogspot.jp/2013/03/blog-post_20.html

・実はChitetsuさんの企画と同じ事考えて、記事にしようとした矢先でしたので、悔し紛れ(笑)に「先を越されて凹んでます」とコメントしたら「年代が違って面白いから楽しみにしています」との優しい涙チョチョ切れ返信コメント~

てなわけで、お調子モノCedarとしては早速まとめてみました。
~まずは東北沢から。

撮影は昭和47年です。開業以来の退避設備があり、撮影しやすい場所でした。当時は~というか工事開始までこののんびりムードは残っていましたね。東北沢s4808-03.jpg 
(1)この時は跨線橋から撮影してみました。やってきた下り各停は4000形の3連。当時から昼間でもいつも混んでいた小田急に、こんな運用があったのですね。今なら大ブーイング必至!の短編成。

東北沢s4808-01.jpg(2)上りの各停が発車していきます。2220形4連でしょうか?ということは18m4連か20m3連がデイタイム各停の標準編成だったってことでしょうか?
当時はまだ千代田線乗り入れ前で、代々木上原寄りに開業時からの砂利ホッパー線が残っていました。そこへ入る渡り線と、分岐(上り列車の先頭の右側)が見えていました。凸形電機に牽かれた貨車のしんがりは小田急独特のトフでした、と書いてもお若い方はイメージわかないですね。 

(写真を出せ!~スミマセン撮ってません。)

東北沢s4808-02.jpg(3)ローズピンク塗り1300形新聞電。各停を待たせて夕刊を沿線に急送します。3両もつないでいるのは沿線が長い小田急らしいです。
こういう電車が各私鉄にあったのも、今は思い出ですね。


小田急HPの線路断面図から、東北沢付近を拡大してみました(禁無断転載)higasikitazawa.jpg今回完成するのは急行線のみですから、東北沢のホームは仮設なんでしょうね、それとも途中で線路が乗り変わるのか・・ここは趣味的には興味深いです。

 

そしてついに下北沢の街から小田急の姿が見られなくなるとは(廃止になるわけではないのですが・・)。
simokita.jpg地上2階の井の頭線から地下3階の小田急への乗り換えは5分かかるのこと・・渋谷に続いて、井の頭線は乗換えが遠くなってしまうのは利用者にとっては些かつらいですね。
例えば梅が丘から代官山に行く人は確実に15分は余計にかかるのでは?


続いては世田谷代田ですが、ここはひと捻り~
昭和40年NSE車がデビュー間もない頃、上り先頭の展望席から撮った世田谷代田駅前後の様子です。東北沢の7年前ですね。

梅が丘→世田谷代田間ですれ違った下り各停、行き先がはっきり見えませんが経堂行きのようですね。
電車は小田急開業まもなく長距離用として登場した1400形、小田急部内ではHB車と呼ばれていました。廃車後は各地の地方私鉄に売却されたので、そちらで見た方も多いのではないでしょうか?
s40小田急03.JPG(4)
梅ヶ丘を過ぎて、勾配を上った先に跨線橋が見えているのが世田谷代田です。手前に環7のオーバーパスは出来てたのかな?たぶん開業時のものと思われる架線鉄柱ですら懐かしいです。そしてなんといっても沿線に緑が豊富でしたね。

setagaya代田.jpg
地下線は梅が丘から急勾配で下り、環7の下まで一気に下るんですね。世田谷代田駅は地下3階のの仮設ホームですから地上へのアプローチが大変そうです・・・。
s40小田急02.JPG(5)
上の図の右端あたり、世田谷代田から下北沢に向かって下る緩いカーブですれ違ったのはロマンスカーSE車の回送です。当時はロマンスカーは経堂配属で、新宿⇔経堂の特急回送はよく見かけました。前面下側に見える箱状のものは・・ひょっとして連結器でしょうか?

以上、下北沢をはさんで、7年のタイムラグがある2つの駅の写真を見ていただくと、小田急の激しい変わり方がわかります。電車の進化、沿線の変化、緑の減少と建物のビル化・・・東京の縮図ですね。

とか何とか、最後はエラそーな理屈つけての切り張り企画のお粗末でした。Chitetsu様、こんなところでございます。


nice!(15)  コメント(19)  トラックバック(0) 

nice! 15

コメント 19

Chitetsu

こんにちは。
お写真、楽しく拝見しました。
昨日迂闊にも現場検証をしてしまったChitetsuです。
私が撮った時代から更に遡った時代の東北沢はもっと穏やかな雰囲気ですね。
ホッパー線があったなんて知りませんでしたし、上下通過線間に渡り線があったのもちょっとビックリしました。
4000系も短かったんでしたね。私が撮った時代は例の1800との連結で脱線した後だったので編成が変わっていました。
世田谷代田付近の空の広いこと!

どちらにしても、Cedarさんのコメントのように沿線風景は激変してなんかゆとりの無い窮屈な世界になっちゃった気がしてなりません。
by Chitetsu (2013-03-22 13:48) 

Cedar

■Chitetsu様
下北沢は学生時代から今まで様々な関わりのあった街です。ジャズ喫茶、映画館、スナック、ミニシアターなど、馴染みの場所もたくさんありました。街を貫く小田急の跡地にはお定まりの道路やらビルやらが出来て、ざわざわ下北沢は消えていくのかな?

★ひでほ様
★やまびこ3様
nice!ありがとうございます

by Cedar (2013-03-22 15:43) 

なにわ

おお、ケンちゃんシリーズのバックに出てきそうな光景・・・。
by なにわ (2013-03-22 19:18) 

Cedar

■なにわ様
小田急はTVドラマに一番多く登場した電車でしょうね。東宝、国際放映などが沿線にありましたから。

★フジトモ様
★ひでほ様
nice!ありがとうございます

by Cedar (2013-03-22 22:37) 

EF510-230

私鉄の乗換駅の中でもホームが一番狭くラッシュが怖い駅でしたが、途中に改札もなく便利な駅でした。地下化で相当乗換え時間がかかるようです。渋谷駅と同じ現象ですね。小田急の立体化・複々線化工事もいろいろ反対運動があって相当時間がかかりましたが、コスト面を理由に高架にこだわりましたが、結局地元の要求どおり一部地下化をせざるを得ませんでした。どんどん地下化を進めていった東急や京王とは会社の姿勢が異なるような気がします。
by EF510-230 (2013-03-23 02:41) 

Cedar

■EF510-230様
計画から半世紀以上掛かってまだ完成しない工事ってのも珍しいですね。完成した頃には輸送力過剰になってたりして。

★いっぷく様
nice!ありがとうございます
by Cedar (2013-03-23 06:25) 

hanamura

Cederさんの写真(時代)に、静岡田舎育ちの私が反応できる私鉄は、小田急、京急、東急、親戚の家があった路線かな?なにわ様のコメントに同意!
by hanamura (2013-03-23 08:53) 

Tosi

北沢「台地」に位置する三駅の地下化によって小田急線の世田谷区内では高架区間と地下区間が連続し、以前からの地上区間は完全に消滅してしまい、お写真のなかに記録されているような、沿線に住む利用者たちがかつて日常的に目にしていた光景は、乗車中の車窓からの眺めもふくめて、永久に失われてしまいました(代々木上原より北西の渋谷区内の区間ににかんしては今後もあまり変化がないことをある程度期待できるかもしれませんが)。
幼いころから下北沢での乗降は乗り換えのためがほとんどだったので、あの狭く不規則な階段・連絡通路には長く慣れ親しんでいました。下北沢の街並みとも共通する旧駅の雰囲気を「雑然」「汚い」「ぼろい」とみなし、好んでいなかった「古いモノ嫌い」の利用者もいたでしょうが、EF510-230様がいわれるように「便利な駅」だったことは間違いありません。小田急線の沿線から東横線の沿線に移動するとき、千歳船橋‐田園調布間のように最短に近い経路を通るバスの路線がある場合でさえも、井の頭線を利用することは珍しくありませんから、「台地」と「谷」の乗換駅でほぼ同時に進められた今回の地下駅への移行のせいで「確実に15分は余計にかかる」ようになったことを嘆いている利用者もまた少なくないはずです。今回の事例では「台地」と「谷」という地形条件があるにしても、乗り換えのたびに地表レベルを素通りする形で上下方向にlかなりの移動を強いられることが多くなったのは望ましい変化とはいえないと思います。
渋谷では井の頭線側でも東急側でも坂倉準三設計の駅関連施設のかなりがすでに姿を消していて、まだ現存するものも今後予定されている再開発で失われます。マークシティとヒカリエだけでも「もうたくさんだ」という気分なのですが。
by Tosi (2013-03-23 14:00) 

Tosi

すみません。「北沢『台地』に位置する三駅」は誤りだったと思います。この地区の地形や地名には詳しくないので正しく訂正できないのですが、「代沢『台地』と北沢『台地』にかけて位置する」でしょうか。「台地」を括弧にいれたのは現実の土地の起伏の規模から考えて誇張があるように思えたからでした。
by Tosi (2013-03-23 15:11) 

Cedar

■hanamura様
たしかに自分ではそんな昔の光景と思ってないのです。東京の変化があまりにも激し過ぎて自分でもついていけません(笑)
そんななかで下北沢駅は電車に合わせてホームが延びたくらいで、基本昭和30年代から殆ど変わっていませんでしたね。
■Tosi様
毎回書かれてらっしゃる事は同感でございます。
日本の鉄道インフラはまだまだ高度成長期の輸送力増強という考えからだ脱却していませんから、地下化高架化もこの先本当に必要か?そろそろ考え直してもいいのですが、まあ聞く耳持たないでしょう。
by Cedar (2013-03-23 17:20) 

Cedar

★FTドルフィン様
nice!ありがとうございます

by Cedar (2013-03-23 17:35) 

EF510-230

Tosi様のおっしゃるとおり渋谷は今から始まる再開発で、魅力のない街に成り下がってしまうのではないかと危惧しております。乗換えが不便なので再開発するとか言っていますが、不便なのは埼京線だけで他は充分便利でしたが、再開発後は山手線・埼京線は便利になりますが、他はすべて不便になります。それとスカイデッキによる立体都市は地平の店舗をスルーしてしまい、無機質な再開発ビルだけに人が集中してしまいそうです。
by EF510-230 (2013-03-24 00:27) 

Cedar

■EF510-230様
街の魅力は資本が作るものではないし、長い時間をかけて様々な人が自然につくるものだと思います。埋め立て地や工場跡地でやるようなことを元々街だった場所でやるのはどうもね、渋谷には足を踏み入れないつもりです~特定の馴染みの店以外もとから嫌いな街だしね。

★UZ様
nice!ありがとうございます
by Cedar (2013-03-24 00:41) 

狂電関人

Cedarさま

下北沢にはいろんな思い出があります。
中古レコード屋、本多劇場、ちっちゃなブティック・・・
地上駅を想い出にと思った頃には構内の養生が始まっており、
そのまま、電関人の脳裏の印画紙にのみ定着させてしまいました!
by 狂電関人 (2013-03-24 08:43) 

ナツパパ

以前は、この界隈でもおっとりとした住宅街だったのですね。
小田急沿線は大好きです。
とくに、成城学園までの沿線が。
by ナツパパ (2013-03-24 15:26) 

Cedar

■狂電関人様
下北沢はあのざわざわした感じが魅力でしたが、この地下化をきっかけに行政とつるんだ大資本がいろいろやろうとしているようです。
今のうちに昔のなじみに挨拶しておこうと思っています。
■ナツパパ様
昭和40年代までは、環七の外側は空が広い緑の多い住宅地でした。
昔の小田急沿線の面影はどんどん消えていきます。

★arail206様
★denta60様
nice!ありがとうございます

by Cedar (2013-03-24 16:13) 

とーる

小田急沿線住民である私にとっては、先日の東横渋谷駅よりも、世田谷代田~東北沢間の地下線化の方が話題でした(笑)

渋谷駅のようなバカ騒ぎはなかったようなので、無事に最終日を迎え、新線への切り替えも行えたことにホッとしています。

ただ、下北沢駅周辺の雑踏が、車窓から消えてしまったのは残念です。
by とーる (2013-03-24 20:39) 

Cedar

■とーる様
運転系統や列車種別変更などが無いので、あまり話題にならなかったようですが、まさに半世紀がかりの大工事、早く複々線にしてスピードアッブして欲しいですね。
by Cedar (2013-03-24 22:11) 

Cedar

★シュウチャン様
nice!ありがとうございます
by Cedar (2013-03-26 06:56) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0