昭和45年3月、九州電車めぐり~その1 西鉄大牟田線のバラエティ [昔鉄写真]
昭和45年春、高校と大学の挟間の春休みに、始めて鉄道撮影の長旅に出ました。
行き先は九州、同行者は3人の鉄仲間でした。SLがメインの仲間と、別れと出会いを繰り返し(?)つつ、 電車写真を撮りに行った中から、線区別シリーズでご覧に入れます。
九州電車・その1
第1回は、関西から西で唯一の高速電車線、西鉄大牟田線。形式が多く、デザインが多種多様なところが、電車ファンとしては堪らない魅力がありました。
(1~2・西鉄福岡-薬院)高架の福岡駅を出て地平に降りたあたりの2景です。まずは当時増備中でその後長く代表選手だった600形、原形は地味な顔付きに似合わぬ大きな一つ目ライトが印象的でした。 当時の特急用車は1000形とこの1300形の2つがありました。強烈な顔つきの先頭Tc車と平凡な感じの中間M車のアンバランスな4連です。更に印象的だったのはブルーに黄帯の特急塗装、アジア的というか~とてもインパクトがあり、一般車の落ち着いた塗装と好対照でした。
(3~4・薬院)市内線と交差する薬院は、当時は特急は通過したものの、乗り降りの多い駅でした。福岡行きの各停は100形。15m車、広窓クロスシートで登場して、当時はロングシートの各停用に格下げ、車体も更新されていました。バス窓の感じが模型のフリーランスのような電車だな、というのが第一印象でしたね。 市内線とは、嬉しいことに平面交差でした。電圧が違うのに架線の構想が簡単なのは同じ会社だからでしょうか??通過するのは20形、木造車の部品流用の15m車で、前面のスタイルは1000形に似ています。 市内線の電車も撮影したはずですが、何故か画像が見当たりません・・・
(5~8・二日市)福岡を出た特急は最高速度95kmで快調に飛ばして、最初の停車駅が西鉄二日市です。福岡寄りに車庫があり、大宰府へ行く支線が分岐しています。大宰府からの電車が大牟田行き特急と並んで進入してくるところを1枚。九州であることを忘れてしまうような、大私鉄的な光景です。 特急車1000系です。今となってはレトロなデザインに思える日車ロマンスカースタイル、長野電鉄2000や名鉄5000の系列ですが、前面が下がっているのが西鉄らしさです。ヘッドマークのデザインのせいで、猫か獺を思わせる愛嬌のある顔つきが私は気に入りましたが、同行者は<青むじな>と呼んでいました。
大量増備で主力となった600系にスカートが付き始めました。やはり踏切事故対策でしょうか。 西鉄の車体は本当に様々です。313形という各停用の電車はまたまた独自なデザイン、湘南形でない2枚窓は小田急2200風ですが雰囲気はまったく違っていました。
宮の陣からは甘木線が分岐します。当時は橋梁負荷の関係とかで大型車が入れず、200系という戦前製の電車が頑張っていました。
(10・宮の陣)本線から分かれて甘木に向かう200形4連。西鉄の前身、九州鉄道が力を入れたという<各停用>の軽量高速電車です~阪神ジェットカーの元祖でしょうか?もっとも急行に追いまくられるほどの列車密度があったわけではないようですが。それはともかくなかなかユニークな電車です。 (11・五郎丸)宮の陣から一つ目の五郎丸駅にて、ガソリンカー風の丸い前面、独特な台車、碍子が内側に入った小柄なパンタグラフ・・全長13mの200系は元軌道線で規格の低い甘木線にぴったりの電車で、長く活躍しました。
(12~13・五郎丸付近)ガソリンカー風の200系の一党には、本当にガソリンカーの改造車もありました。さすがに編成を組んでも違和感無しですね。 遠くて見難いですが、行き先は花畑、久留米の1つ南の駅で、甘木線用の留置線がありました。宮の陣から本線に入ると、見違えるようにスピードを出すのも、昔とった杵塚でしょうか?
(14・宮の陣付近)再び本線にもどって、最後は有名な連接車500形、元々急行用でしたが、当時はすでにロングシートの各停用でした。戦時体制下にしてはスマートなデザインですが、連接式の製造理由が<台車の節約>だったとは、やはり時代ですね。
以上、昭和45年春の西鉄大牟田線のスケッチでした。
当時の関東になら負けてなかった特急の高速運転、久留米以南の単線区間での巧みなダイヤ構成、そして何よりも<一貫性が無かとね!>と、下手な九州弁で突っ込みたくなるほどの電車のバラェティ!が魅力でした(笑)。
この頃、乗りに行っておけば楽しかったことでしょうね。
絵本や図鑑で西鉄特急もなかなかかっこいいなと思ったものです。
by manamana (2011-03-06 07:16)
西鉄のラインナップは今でも個性的ですよね!
久しぶりに行きたくなりました。
by サットン (2011-03-06 11:00)
数年前に柳川へ行く際に大牟田線に乗りましたが
単線区間があることに驚きました。
名鉄とは微妙に異なる地方大手私鉄ですよね。
by nd502 (2011-03-06 12:18)
いやいや圧倒的な写真の数々。
Cedar さんの写真は街場にしろ郊外にしろ、風景が映りこんでいるものが多いので、車両知識がなくても楽しめます。それにしてもなんという車両のバラエティ…。
by maipenrai (2011-03-06 14:08)
いきなりこのボリュームですか!
40年の歳月は313系と600系が貝塚線に残る他はもう残ってないんですよね。後継特急車の2000系でさえ消えてしまったのですから。
実はここも乗ったことも撮ったこともありません。九州に何度か行ってますがJR優先でした。もう行くことがあるのでしょうか。
by なにわ (2011-03-06 19:13)
西鉄電車には、たった一度きり、今から約30年前の夏に訪問しました。
わずかに残る当時の写真が、かすかな記憶をとどめております。
楽しいお写真有難うございます。
by のり (2011-03-06 20:28)
西鉄体験は昭和32年の一度きりでした。阪神の3000みたいな特急が居たり、連接車が居たり、路面電車があったりで、楽しい電鉄。なかでも、200は軽快で素敵でした。Cedar様も200がお好きなようで沢山写しておいでですね。
by む〜さん (2011-03-06 22:44)
■manamana様
西鉄は乗って楽しく、撮ってびっくりのバラエティ・・ほんとにデザインの一貫性が無いのが一貫してました(笑)ね。路面電車のほうがデザインに統一感がありましたけど・・・
■サットン様
お久しぶりです。九州で一人気を吐く西鉄、標準ゲージなこともあり、関西私鉄のフレーバーを感じました。
■nd502様
地方大手私鉄、って言う言い方がぴったりですね。名鉄も確かにそういう感じがしました。
■maipenrai様
乱文乱写真で毎度すみません・・このときははじめて友人との長旅で張り切って撮ったのですが質より量の感は否めません。九州の風物にも印象不快ものがありました。
■なにわ様
まさに質より量で申し訳ありません。九州は高速電車こそ大牟田線だけですが、西鉄の各線、熊本電鉄に大分交通別大線、北九州・福岡・熊本・長崎・鹿児島・・個性的な電車がそろっていました。仲間と出発前からSLよりこちら狙いでした。
■のり様
貴殿のお写真にも写っていた200形は良いですね。甘木線にはこのあと、もう一度行きました
■む~さん様
西鉄はなかなか個性派揃いで楽しめました。当時は国鉄を圧倒していた感じでしたが、最近は久留米以南は振るわないようですね。九州新幹線全通も影響あるのでしょうか?
200形、かなり気に入っておりました~
by Cedar (2011-03-07 01:36)
★しおつ様
nice!ありがとうございます。
by Cedar (2011-03-07 01:37)
★やまびこ3様
★あおたけ様
nice!ありがとうございます。
by Cedar (2011-03-08 01:30)
カミさんをもらいに東京から九州へ足を運んだ時に、カミさんより先に電車の写真を撮っていたということで先方のご両親から大顰蹙を買った思い出の私鉄がこの西鉄と熊本電鉄です。宮地岳線を撮った後、ラドンの襲来で壊れたはずの西鉄福岡から200形がまだ活躍していた甘木線へ行きました。撮影後大牟田へ移動しましたが終点の大牟田で一切国鉄の乗り換え案内がなかったのが強く印象に残っています。今は知りませんが、当時西鉄と国鉄は仲が悪かったのでしょうか。今から20数年前の話です。
by Soda (2011-03-08 19:47)
■Soda様
プロポーズ旅行でついつい電車・・気持ちはわかるなあ。自分でもそうしたに違いない。うちは都内同士だからよかったです。
西鉄福岡駅はラドンの襲来で壊れたので高架の駅に移ったのではなかったですか(笑)?
今は久留米から先はJRの一人勝ちのようですね。ですから乗り換え案内はしてないのでは?
by Cedar (2011-03-09 01:24)
★FTドルフィン様
★キャプテン・スキャバーズ様
nice!ありがとうございます。
by Cedar (2011-03-09 01:25)
昭和45年と言えばまだ西鉄ライオンズがあった頃。個性的な電車群も勢いがあったように見受けられます。2ドア車が多かったのですね。それにしても1300形の“アジア的〜”には思わず笑いました。当時の西鉄の幹部に満鉄のOBが居たのでしょうか。西鉄に乗車したのは福岡から柳川まで2000形の特急で、まだ1回だけです。
by 京葉帝都 (2011-03-11 03:22)
■京葉帝都様
地震の影響は大丈夫でしたでしょうか?
首都圏の電車はJR東のやる気の無さというか、官僚的な対応に腹立たしさを感じました。
さて西鉄ですが、当時はたしかに元気がありました。
ちょうどこのときに、1000系の特急車内に稲尾(そうです!神様仏様稲尾様です)氏が乗ってきて、「いなおや、いなおや!」と車内がざわめいたものでした。
by Cedar (2011-03-12 10:03)
西鉄車輌、堪能いたしました。
なんとまあ、個性的かつ魅力的なこと!
by ナツパパ (2017-01-13 18:04)
■ナツパパ様
古い記事にもコメ、ありがとうございます。
ほんと、このとき一発で痺れてしまい、大学時代は年一度九州詣でしてました。
by Cedar (2017-01-14 12:42)